連続小説 商工BOYS 第1回 〜青年部入部編〜 著:栃木県青連 高野ゆうじ
<<あらすじ・登場人物
「退職後は田舎暮らし!」「田舎暮らしで、さらばストレス!」「第二の故郷で自給自足!」 そんな特集の雑誌に、田舎が嫌で上京した私は、全く興味が無かった。 「お洒落でモダンな都会暮らし!」「ストレスと仲良く生きよう!!」「ふるさとは遠きにありて思ふもの」 あえて言えば、そんな特集にしか興味が無かった。 (夢に向かって順調な時までは…)
それが、今はどちらの雑誌も販売する書店の跡取り息子… (もう、どちらも読みませんけど…)
私が帰郷したのは30歳になる少し前の冬。退職後どころか、まさに働き盛り突入って時。 一時的な避難場所、と自分には言い聞かせ、一生に一度の長期休暇、と都合のいい解釈を土産に。 (そこから、どっぷりと今の生活になるとは…)
私の生まれ育った栃木県馬羽根町(うまはねまち)は、日光山系や那須山系のように有名ではない、 福島県と茨城県との県境をまたぐ、八溝(やみぞ)山系という穏やかな山々に、優しく包み込まれるように存在する。 町の南側を、「西の四万十川」と肩を並べる「清流那珂川」が流れ、 鮎釣り解禁日には県外からも大勢の太公望が訪れる自然豊かな町。 (自然豊かって表現は、褒め文句では無い場合が多い)
「美人の湯」と掲げるヌメヌメした泉質の温泉、立派な建築家がデザインした美術館、有名な童話作家の美術館、 無名だが特徴のある美術館、古くからある陶芸の窯元、由緒ある神社仏閣、蕎麦ツウには堪らない「八溝そば」 観光のその餌に成りえる魅力ある素材がありながら、釣り上げたい獲物の前にぶら下げていない、 観光を解禁していないような状態。 (早速、けなすような紹介してしまう)
唯一、集客があるのは、トイレ利用者が停車する「道の駅」とバイパス沿いにあるコンビニだけ。 宇都宮市方面や大田原市・那須塩原市方面への、最低30分以上の通勤を要する住民が多く、 昼間の商店街は、セリアカーで移動する老人と、改造バイクで爆音を轟かせて走る高校生の姿しか確認できないような状態。 (これ、場合によっては怒られるかも)
少子高齢化、過疎化、シャッター通りと化す寸前の商店街、企業誘致をできない高速や空港からのアクセス難、 四面楚歌の深刻な問題が山積しながら加速している、栃木から茨城、茨城から栃木への国道の通過点である。 (致命的にけなしていますが、客観的に見ると、そんな感じです)
バイパス沿いにある、母の経営するマンハッタン・カフェは、実に日当たりが好く、店内は常に眩しい。 (不倫の待合せ、悪巧みの打合せお断り!的な、健全な空気がプンプンしている。)
一枚板のカウンターで沸騰しているコーヒーサイフォンの奥の食器棚には、母があちこち出かけて探してきた、 イタリアチックでモダンなものから手作りチックで無骨なものまで、席数の何倍ものコーヒーカップが綺麗に陳列されていて、 モデルハウスのように無駄のないインテリアと、水滴痕一つ無いシンクが、店内をさらに眩しくしている。 (綺麗好き選手権北関東代表!的な、彼女の神経質な空気もプンプンしている。)
マンハッタン・カフェという店名は、私が小学生だった頃の家族会議の食卓で、死んだ祖父と母が付けた。 祖父の提案に父と僕は大爆笑をしたが、母が大絶賛をして即決定となった。母は嫁としての立場ではなく本心から賛同していた。 なぜマンハッタンなのかは最後まで議題に上ることなく、半ば強引に決定した。 その時、それまで薄々気づいていたがこの家の大株主が母であることと、父がゴルフに夢中になる理由を僕は悟った。 (要するに、父は完全に尻に敷かれている…)
喫茶に併設の父が経営する書店は、何の変哲も工夫も感じられない書店だ。 もちろん、客は大抵誰もいない。店主の親父も大抵いない。 (ていうか、ゴルフだ。バカ親父!)
ゴルフが日課の父とは違い、母は、愛犬バクを連れ、河原へ行くことを日課にしている。 それは、バクのためでも健康のためでもない。ただ単に、趣味として気に入った小石を探したいから。 いつも河原に着くなり、バクの首輪を放し、お眼鏡に適う小石たちの物色を一心不乱に始める。 後ろ手を組み、足元を見つめながらウロウロ歩き、 眺めては拾い、拾っては眺め、眺めては投げ捨て、投げ捨てては眺め、厳選して厳選してテイクアウトの石を探す。 その間バクは、自由に走り回るのにも疲れ、母の周りをグルグル回り続けるのにも疲れ、最後に諦めて野芝の上に座り込む。 まるで、ショッピングセンターに付き合わされた旦那のように。 (どこかの携帯電話のCMのような関係性で…)
そして、毎日のように、コーヒーがおちるサイフォンの横で、石に筆を向けて猫を描いている。 それぞれの石の色と形をいかし、白くしたり黒くしたり、ブチにしたりチョコにしたり、 尖った部分を鼻にしたり足にしたり、背中を丸めたり手招きしたり、一匹一匹がオリジナルの猫だ。 もうすでに8匹が一枚板のカウンターの一輪挿しの横に並んでいる。 日当たりのいいそのカウンターはさぞ気持ちがいいのか、一番手前の末っ子があくびをしている。 奥には偉そうにふんぞり返った奴、やる気の無さそうな奴、8匹8色の楽しい仲間たちだ。 神経質な母にとっては抜群のペットになっている。 (もしかすると、父もペットのようなもの) (もう関心が無いようだが…)
そんな喫茶店と本屋を手伝うことになって半年、 テレビの放送作家を辞めて帰郷した僕は、跡取り的扱いから逃げ出せなくなっていた。 逃げ出すどころか、ネットさえつながれば大抵のことは問題ないし、つなぎ放題だし、母の淹れたコーヒーは美味いし、 父の勧めで始めたゴルフも楽しいし、暇そうな同級生も揃っているし、 こんな生き方もありかな、くらいの、後ろ向きで前向きに過ごしていた。 (俺、親父の遺伝子が多いのかも…怠け者遺伝子…)
ただ、このままでいいのかな、このままどうなっていくのかな、 生まれた土地だけど、ここで生活をしていっていいのかな、と漠然とした不安を感じていた。 ゴールデンウィークの終わりに、小宮山さんが店に来るまでは。
つづく |
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